ご神体

ご神体

当社のご神体は周囲約40m・高さ10mの大怪石(花崗岩)である一大霊岩です。
酒米を蒸す時に使う「甑(こしき)」という道具に似ていることから「甑岩」と名づけられました。
また、岩上に雑木が生じた姿より、社名・町名も起こりました。


御祭神は市寸島比売命(イチキシマヒメ)で、女性守護・安産・子授けの神さまとして祀られています。
俗に辨財天と称せられ、音楽や芸術の才能を伸ばし、弁知(知恵)の神、更には縁結びや、財宝をもたらす金運の美女の代名詞である「幸福の女神」、七福神の一として御神徳の高い神さまであることから、子どもの成長や芸能の上達を祈る神さまとしても信仰を集めています。


摂津名所図絵や摂津志によると 「甑岩神祠は越木岩村にあり祭神巨岩にして倚疊甑(きじょうこしき)の如し、此地の産土神(うぶすながみ)とす」
と記してあるように霊験あらたかな霊岩です。


『安産の神・子授けの神』として昔から崇拝され、今尚
「ご神徳を頂戴できる」
「霊気を感じる」
「パワーを感じる」
「癒される」
と熱心に毎朝毎夕お参りされる方が多くいらっしゃいます。


また、巨岩ご神体の形状から女性自身に例えられ、女性をお守りくださる神として、
「甑岩」にお参りすると【子授かり】【安産】のご利益があると云われております。

  • ご神体写真
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甑岩の怒り ~西宮ふるさと民話~

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    夙川(しゅくがわ)は昔から綺麗な川で、透き通った水の流れに、川底の白い砂がキラキラと輝いていました。この川は「こしき岩」のあたりから流れ出ているといわれていました。人々はこしき岩を神さまの岩として大切にしてきました。そこから流れてくる夙川ですから、綺麗なのは当然でした。今でも岩の側に綺麗な湧き水が出ています。


    「こしき岩」は「越木岩」という字も使われますが、「甑(こしき)」に似ているので「甑岩(こしきいわ)」と言われるようになったのです。


    「甑」というのは酒造りのお米を蒸したり、麻布の材料にする麻の茎を蒸したりする道具のことです。一度に沢山蒸すので、ものすごい蒸気を噴き出します。


    「甑岩」はそのような形をしたとても大きな岩です。高さが12メートル、まわりは大人が手で繋いで30人分もあります。山にどっかりと越を据え、天に向かってそびえ立つ、大きな大きな岩なのです。そのあたりは、この岩を守るかのように古い木が生い茂り、昼間でも薄暗い感じがします。人々は昔から神さまの岩として恐れ、大切にしてきたのです。

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    いまから400年程前、大阪城の石垣を築く工事が始まった頃の事です。日本全国のお殿様が家来(けらい)に命じて、あちらこちらの山を探させ、大きな石を見つけては、大阪へ運んできました。あるお殿様が、この甑岩に目を付けました。「あんな大きな石なら、城の石垣にすれば、さぞ見事なものであろう。是非もっていって、手柄にしたい。 早速切り出せ。」


    それを聞いた甑岩の村の人たちは心配しました。
    「この岩は昔から白い龍が住み着いている神さまの岩だ。これを割って、ここから運び出すようなことをすれば、どんなたたりがあるやもしれん。お願いです。おやめ下さい。」


    村の長老(ちょうろう)達は必死になって役人に頼みました。けれども役人達は、この申し出に耳を貸そうとはしませんでした。「お殿様の言いつけだ」と、大勢の石切職人がいっせいにうち下ろした槌の音で、ノミが岩に食い込みました。カーン、カーンと響く音は、山々にこだましましたが、見守る村人の耳には、山鳴りの音のように無気味に聞こえるのでした。(写真は当時の切り出し跡)「これは大変だ。必ずたたりがあるぞ。」大声で怒鳴りましたが、石切職人たちの耳には届きません。


    ノミを打つたびに火花が散ります。それがだんだん激しくなり、そのうちに岩の裂け目から白い煙が吹き始めました。おそろしい事が起こるに違いないと思う間もなく、その煙が白色から黄色へ、そして赤に、それから青、黒へと変わり、それらが入り交じって、ものすごい勢いで音を立てて吹き出しました。


    その熱気は、不思議な力をもっていて石切職人達は手足をふるわせ、苦しみもだえ、斜面を転がり落ちました。そして、やがて息絶えてしまったのです。


    その様子を見た役人達も、さすがに震え上がり、命からがら逃げ出しました。
    こんな事があって、甑岩はいっそう人々から大切に思われるようになりました。今でも大岩にはその当時のノミの跡が一列にのこっています。(写真は切り出された岩がそのまま放置されたものといわれています)

西宮ふるさと民話 出典:西宮市ホームページ

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